読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雨の音が好き

アマオトです。ゲーム攻略、プレイ日記、ペット、雑貨、家電、ガジェット紹介記事などが中心です

『チャンドラー方式の文章の書き方』からみる創作のスタイル - 村上朝日堂はいほー! (村上春樹)

書籍

 村上春樹のエッセー本、「村上朝日堂はいほー! 」の中の、題「チャンドラー方式」の話。

 記事『村上春樹が紹介する、チャンドラー方式の文章の書き方とは』の続き

まずはデスクをきちんと定(き)めなさい、とチャンドラーは言う。自分が文章を書くのに適したデスクをひとつ定めるのだ。そしてそこに原稿用紙やら、(アメリカには原稿用紙はないけど、まあそれに類するもの)、万年筆やら資料やらを揃えておく。きちんと整頓しておく必要はないけれど、いつでも仕事ができるという態勢にはキープしておかなくてはならない。
(中略)
たとえ一行も書けないにしても、とにかくそのデスクの前に座りなさい、とチャンドラーは言う。とにかくそのデスクの前で、二時間じっとしていなさい、と。
p.39-40

村上朝日堂はいほー! (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 159395

 これは、文章の書き方というよりは、創作活動への取り組み方の姿勢と言える。チャンドラー方式の創作スタイルと言ってよいと思う。

湧き出るものに目を向ける方法

 創作の一つのスタイルとして見たとき、これは文章に限らず、絵を書く、映像を作る、音楽を作るなど、様々な創作活動でも使える方法だと思う。こういう分け方に異論もあるだろうが、インスピレーションを得る時というのは、外部からの直接的な刺激によるものと、ただ"うち"から出てくるものという風に分けて考える事もできる。

 外部からの刺激によるインスピレーションとは、いろんな音楽を聞いたり、映像を見たり、絵を見たりといった行為によって瞬発的に発生するものだ。逆に"うち"から出てくるものとは、散歩や通勤中といった、ただボーッとしてる時に突然と湧き出るものだ(実際には様々な思考を経て、沸々と湧き出しているのかもしれないが、ボーッとしているのである一定の結論に達した瞬間、突然それが湧いてでたものとして認識されるのかもしれない)。

 散歩や通勤中は外部からの刺激を受けているようで、実はただ何に対しても集中していない状態とも言える。そこで「いつでも仕事ができるという態勢にはキープ」しておく事の意義がより鮮明になる。

 絵かきが紙とペンを必ず持ち歩いたり、ミュージシャンが外出先で思いついたメロディーを簡易レコーダーに録音できるように持ち歩く、これはこの"うち"から出たもの逃さないよう「いつでも仕事ができるという態勢にキープ」する事に対しての最低限の態勢とも言える。これは創作活動に多分に影響する事なんだろうと思う。

 おそらく、こういった"うち"から出るものをうまく拾いきれていない、そもそも意識しない(信じない)人というのは、外部からの刺激を過剰に求める傾向になるのではないかと思う。外部からの刺激がないと創作ができない、インスピレーションを得ることができない、もっともっと刺激を!といった具合に最後には麻薬的に求めるようになるかもしれない。もちろん創作活動においてはどちらがいいという事はないと思う。

さぁ、1日1時間。LANケーブルを引き抜こう

 話は変わって、現在は仕事道具がパソコンというのも珍しくない。それは仕事道具が仕事以外にも使えてしまう事を意味する。PCがインターネットに接続されているなんて事になったら大変だ!ちょっと気を許した隙にTwitterを見て、TLに流れるリンクをクリックして気がついたらYouTubeを見ていたなんて事になりかねない。調べたい事があるとすぐにグーグル先生に聞いて、気がつくとGmailを読んでいて、あれまたなんかおもしろ記事を読んでいたなんて事になりかねない!。もしかしたら、こういった行為もある意味外部の刺激を過剰に求める傾向のひとつなのかもしれない。

 ケータイ電話しかりパソコンしかり。今の時代、そのような仕事とそれを邪魔するものとの距離があまりにも近く、知らず知らずのうちに色々なものを失っているのしれない(得ているものもあるのは確かだが)。誘惑の多い環境だからこそ、意識して1時間なり2時間なり仕事のデスクに向かってボーッとするなんて行為もまた結構な冒険に違いない。

創作スタイルを見直す

 ただ時間だけが過ぎ、何も生まれてこない現実と向きあうのはクリエイターとしては結構な恐怖だと思う。だが今一度創作というものを見なおしてもよいかもしれない。仕事で納期があるのは仕方がない。作るしかない。それはそれでやればいい。ただ仕事から離れた所で行う創作活動においては、実はなにも制約がないのに等しいという事を思い出すべきだ。恐怖に立ち向かう必要すらない。そもそもその恐怖とは自分で創りだした観念でしかない事に気がつくべきだ。

 仕事に追われるクリエイターの多くはプレッシャーを感じている事だろう。そして実際そのプレッシャーと恐怖の中、ギリギリの体験を通じ、限界を乗り超えてきたことによって自身の身になったものは、確かなものとして今の自分の自信やキャリアに繋がっているに違いない。

 そういった積み重ねもあったうえで、"うち"から湧き出るものに目を向ける場所と時間を用意する事も重要ではないかと感じる。苦労しなければならない、努力して創り上げないといけないというような固定観念。そういった様々なものから、距離をとってただ今の自分と向きあう事。チャンドラー方式の本質とはそこにあるのではないかと個人的には思う。

村上春樹 雑文集
村上春樹 雑文集

インタビュー、受賞の挨拶、海外版への序文、音楽論、書評、人物論、結婚式の祝電――。初収録エッセイから未発表超短編小説まで満載の、著者初の「雑文集」!1979‐2010。未収録の作品、未発表の文章を村上春樹がセレクトした69篇。
村上 春樹
新潮社
売り上げランキング: 1209



ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) 訳者:村上春樹
ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) 訳者:村上春樹
ロング・グッドバイ』は別格の存在である。
そこには疑いの余地なく、見事に傑出したものがある。――村上春樹(「訳者あとがき」より)
レイモンド・チャンドラー
早川書房
売り上げランキング: 7546


3冊の「ロング・グッドバイ」を読む―レイモンド・チャンドラー、清水俊二、村上春樹―
3冊の「ロング・グッドバイ」を読む―レイモンド・チャンドラー、清水俊二、村上春樹―
本書は、Raymond Chandler著「THE LONG GOOD-BYE」を原著に第1章から第53章まで「あらすじ」を掲載した上で、清水俊二訳「長いお別れ」、村上春樹訳「ロング・グッドバイ」の訳文の違いをエッセイ風に面白く紹介している。原文に遡り、翻訳の妙、訳者の個性、姿勢、時には勘違いなど、原著を、訳書を2倍楽しむためのガイダンスとも言えよう。翻訳の勉強にもなろう。
松原元信
ソリック
売り上げランキング: 229132